ぽこみるか通信 ~2匹のしっぽコーギーの日常~

コーギーに似てますね?ってよく言われます。コーギーですけど?

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ぽこの月命日。

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今日はぽこの2回目の月命日です。お天気は雨…。
そして今日は、私ぽこパパの誕生日です。
これから、お誕生日はぽこの月命日でもあるんですね。
先生から、あと2~3日、あと1日か2日と言われながら2週間近く頑張って、頑張って23日に
亡くなったのはなにか、ぽこの遺志のようなものを感じます。


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6月といえば、都会のほうでは暑さも厳しさを増してくる頃ですけど、私たちの住む町では
まだまだ朝晩は寒くて、長そでか七分そでのシャツが必要です。
寒がりだったぽこは、夜になるといつも、決まって私のお布団の中に入ってきて腕枕をして寝ていました。
夜中、ぽこがトイレやお水を飲みに行ったあと戻ってくると、寝ているぽこパパの頬を鼻先でつんつんと
して、お布団に入れてーと合図してきます。
かけ布団をめくると、ささっと中に入って器用に向きを変えては、また腕枕で寝る。
そんな毎日でした。
私の腕に、ぽこが顎を乗せたときにする、ちょっと顔を揺らして見せる満足そうな顔が大好きでした。


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四十九日も過ぎて、ぽこはもう天国へ向かっているでしょう。
ぽこ、おまえはパパがそばにいれば、みんなと仲良くできる子だったけど…
いなくなると、わんわん吠えてケンカしてたよな。
そこにいるお友達と仲良くできてるか? お利口にできてるか?
お腹はすいてないか? のどは乾いてないか?
今日もささみ茹でたよ。ちゃんと食べてくれた?
ミルカは雨空でお散歩に行けなくて、ちょっと退屈そうにしてるよ。
そっちは雨降るのかな?
chobittoさんに作ってもらったお洋服、汚れてないか?
ひとりで寂しいと思うけど、少しだけ待っててな。


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ぽこの四十九日。



昨日で、ぽこが亡くなってから7週が経ちました。四十九日でした。
ぽこの大好きだった公園やドッグランへ遊びに行きたかったのですが、あいにくの台風でしたので
自宅でゆっくり過ごしました。

ぽこが亡くなってから、節目節目には必ず雨が降っています。
亡くなった当日、ぽこが息を引き取って3時間後くらいから雨で、ペット霊園で火葬をしてもらうまで
ずっと雨が続いていました。
月命日の5月23日も雨。この日は、夜にミルカがひどい血便をして慌てた日でもありました。
そして昨日、四十九日。
まるで、ぽこが

やだやだやだー、天国へ行くのやだよー><  一人になるの嫌だぁー!

と、空の上で大泣きしているように感じてしまいます。
一緒に行ってやりたい。ずっとそばにいてあげたいです。



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安楽死という選択。

ぽこは、昨年2017年7月初めに急に脳出血による発作を起こして倒れました。
左半身が全く動かせず、しかもすぐに処置をしないと命にかかわるような、危険なてんかん発作を頻発していました。
痛みでわんわんと吠え続けてもいました。

ぽこは過去にもいくつか大きな病気をしています。
そして首の骨の間隔が異常に狭く、一部はつながって石灰化していることも分かっていました。
なので、発作の原因が脳出血なのか、首の神経によるものなのか、まったく別なものが原因なのか
かかりつけの先生では判断ができないといわれました。
そこで川崎市にある高度医療専門の動物病院へ行ってMRIなどの検査をしてもらい、右脳の出血が原因であることがわかりました。
それもかなり大きな出血だったようです。これで命を落とさずいたことが奇跡だと言われたくらいに。
そしてその際、お腹にできていた良性の腫瘍が悪性になっていることも判明したのでした。

脳出血に関しては手術などによる治療は難しいとのことでした。
理由は出血範囲が広いこと、脳の奥深くで出血していること、そしてぽこが15歳手前(当時)の高齢なことでした。
術中に命を落とすこともあるし、成功しても大きな後遺症を残す可能性も高い。
薬の投与による対処療法をして、ぽこの生活の質を維持することが大切なのではないかと。

脳出血のほうはステロイドと発作を抑える薬、痛み止めの薬を投与することで改善をしてきました。
初めの発作から3週間後には自分で起き上がれるくらいにまで回復しました。
左の後ろ足に軽いマヒの後遺症は残ったものの、自分で起き上がり、ゆっくりではありますが歩くこともできるようになりました。

2017年7月 
(2017年7月)
2017年8月 
(2017年8月)

問題は悪性と分かった腫瘍でした。
切除をしたほうが良いのは間違いないです。
ただ、脳出血で脳神経に大きなダメージを受けているぽこが、手術をするだけの麻酔に耐えられるのか分からないとのことでした。
術中に心停止する可能性も高いし、手術は終えても目を覚まさない可能性も高いと…。
それに腫瘍は取り除けても脳神経のほうは手付かずですので、入院中にてんかん発作が起きらないとも限らない。
3~4週間の入院期間中にてんかん発作が起きてしまうと死んでしまうかもしれないという不安がありました。とくに病院に誰もいなくなる夜間。

ぽこは9歳のときに乳腺腫瘍ができて手術をしたことがあります。
入院中は毎日、お見舞いに行っていたのですが、ケージの中にいるぽこの不安と寂しさでいっぱいの顔は今でも鮮明に覚えています。
再びあのような思いをさせたくない、病院でひとりで死なせるようなことは絶対にしたくない。
その思いで私には腫瘍の切除を決断することができませんでした。

ぽこは15歳。
病気をせず健康に過ごしても、あと数年で犬としての寿命を迎え生涯を終える年齢です。
それまで腫瘍が成長しないで過ごせるのではないかと私は判断したのです。

しかし、腫瘍はみるみる大きくなっていきました。
2018年2月には2回目の脳出血。この出血で再び、ぽこは自力では起き上がることができなくなりました。
そして血液検査では、腫瘍が原因と思われる貧血や肝臓機能の低下がみられるようになりました。
貧血を抑えるためのサプリなどを投与しても改善は見られず…。
2月にはまだ、伏せの状態で笑顔も見せてくれていたぽこですが、3月になると伏せの姿勢を維持できなくなり表情もなくなってきました。

2018年2月 
(2018年2月)
2018年3月 
(2018年3月)

腫瘍から来る痛みなのでしょう。吠えるようにもなりました。
このころは、痛み止めの注射をすると半日ほどは痛みは収まるようでした。
4月上旬には、ごはんやお水も取れなくなりました。
そして痛み止めの効果が長く持たなくなり、注射をしても1~2時間ほどで吠えてしまう状態に。

腫瘍の手術をしないと決断したとき私は、
もし、ぽこの犬としての寿命の到来よりも腫瘍の進行のほうが早く、
食欲がなくなりかつ、痛み止めの注射をしても吠え続けるような状態になったときには、
そのときは、ぽこを苦しみから解放して楽にしてあげようと思っていました。
私は、安楽死を選択しようと思っていたのです。

2018年4月 
(2018年4月)

そう。その状態がとうとう来てしまったのです。
私がぽこを楽にさせてあげることを決断するときが来たのです。
病院にも、そういう状態になったときは安楽死の処置をお願いするかもしれませんと伝えていました。
それが、ぽこにとっては良いのではないかと思っていたからです。

でも、できませんでした。
CRP炎症マーカーと呼ばれる数値が22を超え、ぽこの体はもう限界なのに…。
薬の効いてる時間以外は苦しんで吠えているような状態なのに…。
でも、できなかった。
病院へ薬をもらいに行って帰宅して、ぽこ帰ったよ!と声をかけると、もう苦しみと痛みで意識がもうろうとしているはずのぽこが、私が帰ってきたことを喜んで呼吸を早くしてくれるのです。
すこし顔をにこっとさせて喜んでくれるのです。
だっこしてと、ほとんど動かせない足を、少し私のほうへ動かしてくれるのです。
こんなに苦しくても、私といることを喜んでくれる、私がそばにいることをぽこは必要としてくれている。
そんなぽこの命を、私に奪う権利があるのか。

頭では、苦しませ続けることが、ぽこのためにならないとは理解していました。
でも、喜んでくれるぽこの命を奪うこともできなかった。
結局、私は最後の最後までぽこを苦しませ続けてしまった。
どちらの選択が正しかったのか。
今でもわかりません。

死の直前、大声でぽこ!ぽこ! 愛してるよ、ありがとう!と叫び続けました。
息を引き取るとき、にこっと笑顔を見せて旅立っていきました。
食欲のなくなった日に、先生からもってあと2~3日と言われてから12日後のことでした。
それだけ、ぽこは最後までがんばってくれたのです。
そしてそれだけ、私はぽこに苦しみを与え続けたのです。
あのときのにこっとした表情は笑顔なのか、それとも何かを吐き出そうとして口が動いただけなのか…。
笑顔であったと信じたいです。

いまは後悔ばかりが毎日、私を襲ってきます。
なぜ、もっと早くに腫瘍の検査をしなかったのか。
なぜ、脳出血の症状が改善した時に手術に踏み切らなかったのか。
なぜ、最後まで苦しみを与え続けてしまったのか。

安楽死。
私にはできなかった。
ぽこ、苦しかったね。痛かったね。
ごめん
こんなパパで。

ぽこが亡くなってから2週間たった今でも、ぽこを思い出すたび涙があふれてきます。
ぽことの思い出を笑顔で話せるときは来るのでしょうか。

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初七日と棺に入れた写真たち

ぽこ初七日。ささみを茹でてあげました

今日はぽこが亡くなってから7日目。初七日です。
ささみを茹でてお供えしてあげました。

わが家ではミルカが鳥アレルギーを持っているので、普段は鳥を使ったおやつやごはんは出さないのですが
ぽこが亡くなる直前、お水を飲めなくなったときに、ささみの茹で汁をあげていました。
ぽこはもともと、ささみが大好きな子でしたからね。
なので、今日も大好きなささみをあげたのでした。
四十九日までは7日ごとに天国へ行くための審判があるそうです。
毎週月曜日には、ささみをあげたいと思います。

ぽこ初七日。ささみを茹でてあげました

ぽこを抱っこしたいです。
ぎゅっと抱きしめてあげたいです。
ひとりで寂しがっていないか、道に迷っていないか、ほかの子たちと喧嘩していないか心配です。
この1週間、目が覚めるといつも、ぽこを探して部屋中を見渡してしまいます。
闘病中の癖ですね。痛がっていないか、寝返りを打ちたがっていないか、のどが渇いていないか
そればかりが気になっていました。
ミルカに影響があるといけないので、明るくしないとな…と思うのですけど
そう思えば思うほど、ぽこのことを思い出してしまいます。
情けないですね。


葬儀のとき、ぽこの棺に入れた写真たちです。

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ぽこが旅立ちました

2018年4月23日18:10 私とミルカに見守られながら天国へと旅立ちました。
息を引き取るとき、私の呼びかけにニコッとしてくれたのは私の思い過ごしでしょうか。

これまで、ぽこと遊んでくださった全ての方々にお礼申し上げます。
ありがとうございました。

2002年9月3日生まれ。
コーギーカーディガン。女の子。
享年15歳7ヶ月20日。
私には出来過ぎなくらいお利口でかわいい子どもでした。
ぽこ、愛してるよ。

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